レースドールの歴史
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レースドールのはじまりは18世紀後半のドイツ。
磁器が中国からヨーロッパへ輸出されたのが8世紀がはじまりとされています。
それ以来、ヨーロッパの宮廷貴族たちの間で過熱し続けた中国磁器の人気は17世紀〜18世紀に最盛期を迎えました。
18世紀には年間100万件を超えて輸出されたと言われています。
18世紀初め、ドイツ・マイセンで初めて誕生した西洋磁器は、それまでの人気に拍車をかけ、一気に発展していきました。特に、フィギュリン(磁器置人形)の技術革新は勢いを増すばかりでした。そこで、一部の宮廷貴族の需要に応えるために、新技術として誕生したのがこのレースドール。18世紀後半、ドイツ/ザクセン州・チューリンゲン州で誕生しました。時代は万国博覧会、レースドールを含めドイツの磁器は世界に知られつつありました。されどレースドールの繁栄の時間はほとんどありませんでした。
同時期に始まっていた産業革命や社会体制の変化、時代の変遷、経済悪化に伴い、特にドイツの磁器産業は衰退。それまで磁器産業を主にしていた村々も次から次へ経済基盤を失い、多くの人々が貧困から逃れるため、新世界アメリカをはじめとする国々への移民として渡っていきました。移民はさまざまな技術も拡散させ、当然のごとく磁器生産技術も海を渡っていくこととなったのです。
移民によってもたらされた技術は、期せずして、新しいムーブメントであるアーツ&クラフツ運動の影響で『手仕事、手工芸』を尊ぶ精神がアメリカの女性を中心に伝えられました。その精神は途絶えることなく、第二次大戦の後の平和な時代に<手工芸><趣味><ライフワーク>を導くことになります。そこで、生業ではなく趣味としてのレースドールが育まれることとなったのです。
日本に趣味としてのレースドールが伝えられたのは1970年代後半。当時、アメリカの第一人者であったエレン・グローム女史が紹介されたことが大きなきっかけです。
製品としてのレースドールは有名なアイリッシュ・ドレスデン社(アイルランド)を筆頭に、ドイツ国内でも数社製造している会社が現存しています。実は日本の瀬戸でも製造されているのですが、市場に出回ることは少ないようです。